ミニコミ紙、語るべき言葉、ハッピー・ワード


 昔、新聞折り込みのミニコミをつくっていたときの話をする。


 町の中にあるラーメン屋さんとか定食屋さんとか花屋さんとかに取材をして、「このラーメン屋さんは、昔ながらの味わいと、ご主人の親しみやすい笑顔が特徴。地域密着、今年でなんと30年目をむかえる!」みたいな文章をつらつらと書いて(800字くらいだったと記憶している)、1ヶ月に2つのお店を紹介するのだ(それが3ヶ所くらいあったはず)。紙面にはクーポンを付けるので、読者はメリットが大きい。お店は任意のクーポン分の負担はあるが、無料で店紹介してもらえる。紙面作成の費用は新聞の販売所が負担するが、購読者へのサービスの一環として考えれば悪くはない。そして僕らは製作依頼受け、毎月紙面をつくる。ウィン・ウィン・ウィン・ウィンの関係が成り立っている。



 作業工程はこんな感じだ。


 まず、取材に行ってきますと言って事務所を出て、電車か原付バイクで該当の町に行き、ふらふら歩く。最近よくある町をぶらぶら歩く番組のように、本当に適当に歩きながら取材する店を探すのだ。で、めぼしいお店を見つけたら、遠慮なく店に入って取材依頼をする。アポなしってやつだ。もちろん最初は煙たがれる。でも紹介は無料である旨を伝えると、両者の間に立ち込めていたモヤが一気に晴れてくる。そこから印刷の部数や過去の実績を伝え(派手に宣伝してほしい店だったら大袈裟に伝え、遠慮がちなお店だったらとても小さな記事ですと伝えていた)、適当なメリットを述べると、まああまり断る理由がないのでたいていの場合は了承してもらえる。そもそもタダで宣伝してもらえるほど、おいしい話なんてない。どんなお店、どんな企業だって告知手段に頭を悩ましているのだ。交渉が成立したら、もうそこからさっそく取材に入る。取材といってもたいしたことはしない。いつから営業してるのかとか、お店のモットーは何かとか、どんなお客が多いかとか、この先の目標は何かとか、当たり障りのないことを質問する。ただ、相手は取材慣れしていない「町の飲食店のおじさん」だったりするので、どのお店であっても似たような返答が戻ってくる結果になる。お客さんに喜んでもらえるのが一番うれしいとか、若い人からお年寄りまでいろんな人が来てくれていますとか。違うのは「いつから営業してるのか」ということくらいで、あとの回答はスーパー・マーケットに並ぶホウレン草のように似たりよったりだ。



 ただそれは、彼らが適当に何の考えもなく店を経営してるというわけではない。単に語るべき言葉を持っていないというだけである。思いはあっても、言葉が見つからないってやつだ。いきなり取材にこられたら、そりゃ芸能人や政治家でもない限りたいした返答などできないだろう。そういうことだ。


 で、店主が「もっといいこと言わないとな」という、もどかしさを感じはじめると、まず間違いなく、「じゃ、何かつくるんで食べて行きますか?」と言ってくる。自分の得意な分野に話をもっていくわけだ。僕ももちろん、ではお言葉に甘えまして、と料理をいただくことにする。もちろん、タダでだ。


 そして不思議なことに、話を聞いてから飯を食うと、なんとなく言わんとしていることがわかることがある。「お客さんに喜んでもらえるのが一番うれしい」というステレオタイプな言葉でも、実際にその店の飯を食ってみると、それぞれ微妙な温度差やその店にフィットする別の表現というものが見つかるわけだ。僕はその店オリジナルのモットーを見つけ出し、文章にできるように努力していた。そもそも、いろんなお店の記事を毎月書いているわけだから、インタビューの言葉尻だけで記事を書いていては、毎月毎月どの店だって同じ紹介文になってしまう。違う文章にする術のようなものを、いつの間にか身に着けていた気がする。まあ、タダでご飯をもらってるわけだから、それくらいしてあげないといけない気持ちがあったのかもしれない。



 一方で、たいして美味しくないお店だって少なくはなかった。むしろ食べてみて、よく潰れないで継続できてなと不思議に思うお店だってあったくらいだ。それでも当然「不味い」などと書くことはできないし、口にすることもない。無理やりでも良いお店だという原稿を書かなくてはいけない。そういったケースの対処法としては、「昔ながら」とか「地域密着」という魔法の言葉を多用するのが鉄板だった。何とでも解釈されるし、どんな人でも安心し、あったかくなれるハッピー・ワードなのだ。だから、今でもこういった売り文句を見ると、語るべき特徴のないお店か、コピーに手を抜いているのか、どちらかだと思ってしまう(というか、実際にそうなのだろう。ご注意ください)。


 僕がこの仕事で気づいたことは、言葉を持っていないと語るべきことができないということと、しかし、言葉だけがすべてではないということ。そして、よく見かける言葉というのは――それがよく目にすれば目にするほど、チープだということだ。