ポジショニングはメンタル優先で

■愛球人、大いに語らう 大越基週刊ベースボールマガジン(2・24増刊)


大越
 競争力の高い高校と低い高校で、ポジショニングにどのような差が生まれるのか、8チームにアンケート調査を行いました。技術はもちろんですが、高校野球の場合、勝敗を握るのが精神力の差。チーム内で心の強い選手がどこに配属されているのか統計を取ると、競技力の高い高校はセンターライン、低い高校はバラバラに配置している傾向が明確に出ました。打線についても競技力の高い高校は上位、中軸、下位と満遍なく分けているのに対し、低い高校は上位打線に固まっている。結果、競技力の高い高校は守り重視、低い高校は打線重視だということがデータとして出たんです。


 僕がファミコンファミスタをやっていた頃、とにかく能力の高い選手を集めて、文字通り「最強チーム」をつくってみたいなと夢みていた。「1番は田尾で、2番は篠塚、3番バース、4番落合、5番ブーマーかな……」とか。とにかくこのあたりのゲームの選手というのは、設定された能力分だけの活躍が期待できたのである。


 でもそのうちどんどんゲームも進化していき、選手の「バイオリズム」なるものが登場してきた。同じ選手でも日によって調子がよかったり悪かったりするというややこしいものだ。僕はその野球ゲームは買わなかった。なぜなら、その日その日で活躍するかしないかわからないゲームなんておもしろくないと考えたからだ。ゲームとして成り立たないだろ、とか思っていた。


 そんで、さらにさらにゲームは進化する。「サカつく」では、選手同士の相性とか起用のされ方に関して、ぶーぶー不満を言いはじめる始末。攻略本に書かれているような能力を発揮してくれないまま、やむなく放出せねば、みたいな状況が何度も発生した。「ったく、めんどくせーなー」と思いながらやっていたが、僕もその分オトナになっていたので「まあ、これだけひどい扱いしてクビだなんて、現実世界だったらありえないな」と、所詮はゲームのなかの出来事なのでやりやすいなと思いながらプレーしていた。


 まあ当たり前のことかもしれないが、世の中で一番扱いにくいのは「人間の気持ち」なんだと思う。逆に言えば、他人の気持ちを上手く把握して扱えるような人というのは、カリスマ的な存在なんだと思う。


 個々人の能力というのは、その人がノッてるとき、つまりマックスのもので判断してしまうことが多いような気がするが、それはどことなく誤解であるような気もする。アベレージでみなければいけないはず。そしてそのアベレージを上げるためには、ある程度安定した精神力が必要になってくるのだろう。そもそも僕のようなAB型の気分屋は、そんな器用なマネはできない。


 別に高校野球に限らず、高校サッカーでも、大学受験でも、もちろん社会人だって「勝敗を握る」のは「精神力の差」であり、安定してた精神力を保てる環境なんだと思う。環境やポジショニングさえ正しければ、精神力の弱い人だって、上手く機能できるだろうしね。