東京10年物語


東京物語◆奥田英朗 著『東京物語』Amazon.co.jp


 奥田英朗は、僕が好きな作家の一人で、なぜこの人のことが好きかというと、彼が大の中日ファンだからである。まあ、その他にもスポーツ全般に明るく、その文体や切り口も僕の好みにアジャストしているのも理由といえる。まあ、とにかく馴染みやすいのだ。


 で、この『東京物語』。とても安易なタイトルなので、買うのがためらわれたが、集英社文庫の「ナツイチ」キャンペーンのストラップが欲しかったので買った。まあ、きっかけはそんなもん。でも、とてもおもしろかったよ。買ってよかった。


 主人公が18歳で東京に浪人上京してきたときから、30歳を迎える1週間前までの、なんでもないとある1日を切り取って語られている青春記。なんとなく構成が、山本文緒の『落花流水』に似てなくもない。


 で、僕がおもしろいなと感じたのは、ジョンレノンが死んだ日、キャンディーズが解散した日、江川が初登板した日など、ちょっとした歴史的なニュースがあった1日の、それとはまったく無関係に生きている主人公の様が描かれているといった設定。自分と世の中というものは、基本的にパラレルに動いているんだなと思った。すべてのニュースにすべての人間が立ち会うわけではないのだ。あたりまえだけど。


 実際、自民党が歴史的な大敗を喫したとかいわれているきのうだって、僕は友達の引越しを手伝っていて、雨が止むか止まないかで頭を悩ませていた。僕は結局投票にもいかなかったが、それなりに何かをやり遂げた満足感は残った1日だった。


 僕らはどうしようもなく日本という国、あるいは世界というものに属しているのだが、それ以前に、1人の個人として生活しなくちゃいけないわけである。実はそれだけでけっこう精一杯なわけである。でもたまに世の中にシンクロするときもある。オリンピックで誰かが記録を出したときたか、どこかの国で大規模な事件が起こったときとか。でもそういった歴史的なニュースや事件というのは、何年後かあとから振り返ったときに「そういえば、あのときは引越しの手伝いをしていたな」といった思い出の目印のようなものに過ぎないのかもしれない。


 僕らが自分とは何の関係もないニュースや出来事を気にするのは、きっと自分の思い出を忘れないための、ちょっとしたコツであるような気がしてきた。