あったかいと冷たいの間に


 会社の真横にトンカツ屋さんがあるんだ。チェーン店だけどね。で、出歩くのがめんどくさいときは、よくそこに行くんだよね。会社としての100円引きカードもあるし。でね、そのお店では、客に対して「あったかいお茶にしますか? 冷たいお茶にしますか?」っていちいち訊くってお店なんだよね。僕はこの時期はもちろん、夏場であってもあったかいお茶を頼むことが多いんだよ。というのも、小さい頃、親戚の集まりとかで大人たちが熱いお茶を飲んでるのを尊敬の眼差しで見てたという思い出があるからなんだ。当時、「大人とは、出された熱いお茶を飲むことである」みたいな哲学をも生み出したりもしたくらいだからね、まじで。熱いお茶を渋い顔して、ずずずと飲むのは大人のステータスみたいなもんだよ。特に男としては熱いお茶と新聞があればそれだけで威圧感を放てるってもんだしね。君もそう思うだろ。


 でね、そのお店でカツ丼を食ってたら、若いギャル男みたいなチャラチャラした男2人組が入ってきたんだ。で、例によって店員さんは「あったかいお茶にしますか? 冷たいお茶にしますか?」って訊いたんだよね。そしたらだよ、その男の1人が「あ、え〜っと、じゃあ、え〜、ぬるいお茶で」とか言うんだよ。なんかもう、がっかりだよね、徹底的に。なんだよそれ。ぬるいお茶なんて、クレーム時に登場するもんだろ、普通。その男は猫舌なんだろうということは察しがつくけど、なにも店が用意しているのは熱いお茶ではないんだよ。あったかいお茶だからね。あったかいでのすら、まだハードル高くて注文できないのかよって、もうこれだけ完膚なきまでにがっかりしたのは、久方ぶりだったよ。


 で、思い出した話があるんだけど、僕が浪人してたとき予備校の近くに500円で食べられる丼物屋さんができて、みんなでよく行ってたんだ。そこでは、いやおうなく熱いお茶が出されたんだよね。で、友達の1人が、どっかから湯飲みを余分に1つ持ってきて、自分のお茶を空の湯飲みにどぼどぼと移し変えたんだ。で、移し終えたと思ったら、また元の湯飲みにどぼどぼと移しはじめるわけさ。で、誰かが「何してんの?」って訊くと、「いや、熱いから、さましてる」とか言うんだよね。あげく4回くらい移し変えた後に、恐る恐る口をつけてみたのだが「やっぱ熱」とか言って、もう手も口もつけなかったんだよね。


 そいつはね、なかなかの二枚目だったんだよね。だから、女の子の前だったり、お正月の親戚の集まりだったりとかでも、不安げな表情でこんなことやってるのかなとか思うと、僕はひどく暗い気持ちになったよね。なにも僕に直接被害が及ぶとかそんなことないはずなのにね。


 つまりさ、僕が言いたいのはだね、たとえ君がどんなに猫舌であっても、人前で「熱いお茶が飲めない」という素振りを見せてはいけないってことだよ。決してね。じゃないとまわりの人間のテンションがどんと冷めちまうからね。覚えておくといいよ。