アーティストのサッカー・スタンスとは?



『中田英寿 誇り』小松成美


 僕は中田という人間をとてもリスペクトしてるし、日本サッカーにおいてすばらしい実績をあげ、功績を残してきた功労者だと思ってるんだ。特に同じ年生まれの人間としてはそれこそ誇れる存在だね。


 だからね、中田について、その生き方についてもっと知ろうと思ってこの『誇り』という本を買ったんだよね。でもね、率直な感想を言わせてもらえば、中田のサッカー・スタイルというか哲学は、なーんか子供っぽいな、と感じたんだよ。


 というのもね、これまで、落合博満桑田真澄清原和博野茂英雄イチローなんていう一流の野球選手について書かれた書籍やルポ、または自身が書いた(とされる)本を読んだときは、「なるほど」とか「うん、さすがだ」と感銘を受ける部分が多々あったわけさ。否、むしろすべてにおいて勉強させられたと言っても過言じゃないくらいだね。一匹狼とか番長とか寡黙な野心家と言われるアスリートの哲学にね。野球選手だけでなく、ピクシーことストイコビッチの伝記やラグビー清宮克幸氏の著書も同じだよ。


 一方、この本では「中田はすげーぞ」と中田を主人公に書かれているわけだけど、どうやっても扱いにくい異端児であることは隠しきれてない印象なんだ。例えばね、足を痛めたことを何故申告しなかったと問う監督に対して、「自分のことは自分が一番よくわかってるから、言うか言わないかは自分で決める」とむきになって反論した、なんてエピソードがあったけど、まあ、そういうのわかるちゃーわかるが、チームでやってんだからそんな返答はないだろ、ってね。ましては相手は監督なわけだから、もう少し違う説明すべきじゃないの、大人なんだしって思っちゃったんんだよね。カッコよく言えば不器用なのかもしれないけど、悪く言えば単なるワガママっていう風な印象を受けたね。だからね、やっぱ中田って人間はやっぱりとっつきにくい稀有な人種だったんだろうなと思ったよ。


 とはいえね、中田の人生設計というか、それこそ視野の広さってものにはとても感服するよ。だからね、どちらかと言うと、アスリートなんかではなく、個のアーティストなんだなと思ったよ。中田英寿って男はね。