そもそも論とは


 最近、動きはじめる4〜5歩手前くらいの状態でのプロジェクトが降ってくることが多いんだよね。まあ、降ってくるってのはものの喩えで、プロジェクトにコミットするってことだけどね。


 とにかくさ、僕は途中参加なわけだから、サービスの根本的な土台はもうすでに偉い人の間で決められてるわけさ。だけど、どうも不可解な部分が多かったり、違和感のある謎な部分が目に付いたりするんだよね。プロジェクトのGOサインが出る場には、偉い人はいても、その分野のスペシャリストがいないのが原因なんだけどね。


 で、僕としてはそういう「根本」の部分でやる気がそげるわけさ。サッカーやろうってのに準備されてるのがマラソン・シューズだったみたいな感じだよ。まあ、今、サッカーとかマラソンとか言ったのはもの喩えだから、混乱しないでくれよな。とにかく、「こんなプロジェクトうまくいかねーよ」から先になかなか気持ちが進まないわけさ。



 で、そんなこんなで、にっちもさっちも行かないから、外部の業者にコンサルみたいな立場で入ってもらったんだけど、見事だったね。事態を展開させたってわけさ。その「根本」のダメな部分をメリットに変える提案や、ダメな部分が霞むくらいの特典を提示してきたんだよ。まあ何も特別なことをしたわけじゃないんだけど、ああ、物事を前に進めるってのは、こういうことなんだなと深く反省したよ。「変わらないこと」をぐだぐだ気にかけていたって、何もできやしないんだよね。


 僕みたいなぺーぺーは、「素人が思いつきで決めた」という部分に嫌気がさしちゃうんだけど、重要なのは「会社が決めた」って部分なんだよね。だからね、どんなことがあっても、甘んじて受け入れなくちゃいけないんだ。それを踏まえてってやつだよ。なんかのドラマみたいに、上司に噛み付いたって何にも生まれりゃしないんだよね。


 だからね、「そもそも論」とかいう言葉もあるけど、これって結局は「言い訳」なんだよね。「そもそもさぁ」ってぶーぶー言ってしまうと、もうその人は成長しないんだと思ったよ。たいてい「そもそも論」=「組織が与えた絶対的な課題」だから、無理を承知で乗り越えなければいけないんだよね。