自転車の空気入れを貸してあげた話


 こないだ反面教師の話しをしたけど、今度は「なんでこんなこともわかんねーんだよ」って話をするよ。反面教師ってのは、良くも悪くも「気づかなかったことに気づいた」っていう、まあある意味ありがたい出来事だけど、今回はただただ呆れるバージョンってことだよ。


 まあよくある話だけど、新卒の子の話だよ。なんでこんな要領悪んだろう、とか、なんで礼儀の「れ」の字もわかってないだろうとか思っちゃうよね、新人さんには。まあ、誰もが最初はそうなんだろうけど、やっぱりどうしてもがっかりしちゃうんだ。


 っていう感じの、要領悪くて、挨拶も返事もなんか斜に構えてて印象の良くない新卒さんがいるんだよ。で、僕は普段から注意しようとは思っているだけど、あまりにも「そんなことからいちいち説明必要なのか」と拍子抜けすることが多くて、放置してる傾向にあるんだよね。まあ、これが一番良くないのだろうけどさ。



 で、だよ。ある日、イベント会場から会社に帰ってくる車の中で、「自転車のタイヤの空気を入れるところ、どこかにないですかね?」とか質問されたんだよ。でね、ちょうど僕の車のトランクにタイヤの空気入れが入ってたんだよね。どっかの蚤の市みたいなトコで買ったヤツで、手でシューコシューコ押すタイプじゃなくて、足で踏んで空気を入れるタイプの簡易版みたいな安い空気入れなんだけどね。まあ、ちょっとオモチャっぽいけど、ちゃんと空気は入るんだ。だから、それを貸してあげるよ、ってことになったんだ。


 で、会社に戻って、自転車の近くまで車で行って、空気入れを貸してあげたんだよ。そんで、じゃ俺は荷物とってくるから、終わったらトランクにでも戻しといてとか言い残して、その場を離れたんだ。ここまではノープロブレムだ。


 で、僕は会社に入って、自分のフロアに行き、自分の机に戻って荷物を取って、また駐輪場に戻ってきたら、ちょうどトランクのところでゴソゴソやってたわけさ。ああ、もう終わったのかな、ってことで僕は、どう、ちゃんと空気入れられたかい、って聞いたんだけど、何て返事したと思う。これにはさすがの俺もたまげたよ。


 普通ならさ、嘘でも「ありがとうございます。助かりました」とか言うと思うだろ。こんなのテンプレートのコピペみたいな感じで、気持ちがこもってなくても、口だけであっても「感謝」を表す言葉がどこかに出てくるはずじゃん。人としてね。でもさ、こう言われたんだよ。


「どう、ちゃんと空気入れられた?」


「これ、ムッチャ使いづらいですね」


 まさか、ダメ出しとはね。


 で、僕は何気にその自転車のタイヤを触ってみたけど、フニャフニャだったんだよ。つまりさ、結局のところは、うまいこと空気入れを使えなかったんだと思うんだ。で、途中で「もういいや」って諦めちゃったんだろうね。だから、社交辞令としての「ありがとうございます」ってことなんかより、「せっかく空気を入れられると思ったのに、よくわかんねーよ、クソッ」ってイライラしてたんだよ、きっと。つまり、そのまんま素直な感想を述べたまでなんだよね。もちろん、最後まで感謝の言葉はなく、そのまま「おつかれさまです」って形式上のあいさつだけして帰ってったよ。自転車に乗ってね。


 人を一人前に育てるのってむずかしいよね。