ダザイを巡り三鷹を歩いてみた。


 今年の3月にオープンしたという、太宰治文学サロンに行ってみた。


 昭和14年、ダザイは石原美智子との結婚後から三鷹の地に落ち着き、かの有名な『走れメロス』、そして僕の好きな『駆け込み訴え』などを執筆。その後、一時故郷の青森、金木に疎開するが、再び三鷹の地に戻り、『斜陽』『ヴィヨンの妻』『桜桃』『人間失格』といった作品を発表。ほとんどの代表作を、三鷹で生み落としたと言っていい。ということで、三鷹はダザイを語るうえで、もっとも欠かせない街である。


 三鷹市は、没後60年であり生誕99年目の今年、そして来年の100年という区切りにむけて大きくダザイをフューチャーしていくのだとか。このサロンは、その基点となるスポットで、ダザイがよく通ったという「伊勢元酒店」の跡地に建てられている。僕が想像してたよりもずっと小さく、ボランティアの人がいろいろ話しかけてくるので、「1人でじっくり」という風にはいかない。まあ、「交流の場」というスタンスらしいので、僕も、つい先日、斜陽館にも行ってきたということを自慢げに話してみたが、黙ってゆっくりしていたかったというのが本音。

 ちなみに、ここでは「三鷹 太宰治マップ」なるものが100円で売られているのだが、これがなかなかのすぐれもの。三鷹でダザイ巡りをするなら、必ず最初に手に入れておきたいアイテムである。


 ということで、サロンを出たあとは、太宰治マップに記載されているコースを歩いてみることにした。まずは野川家跡に行けとある。


 ここはダザイの最後の愛人であった山崎富栄の住まいであり、ダザイの仕事部屋としても使われていた場所。当時は一階が葬儀社、二階が借家となっており、山崎富栄は二階に下宿していた。そして、昭和23年の6月13日、『グッド・バイ』の原稿(未完)と遺書を残し、2人はここから玉川上水に向い、心中する。今、ここには葬儀社のビルだけが残っている。


 玉川上水。柵に手をかけて覗き込んでみるが、草木が鬱蒼と茂っており、水が流れているのかどうかすらよくわからない。入水地点とされる地点には、ダザイの故郷から贈られた玉鹿石が置かれている。これまた地味なものなので、注意していないと見落としかねないので要注意。


 山崎富栄の下宿先から、この入水地までは100メートル以上歩くことになる。その間、2人はどんな会話を交わしたのだろうか。否、会話などなかったと考える方が自然かもしれない。だとすると、何を思いながらこの道を歩いていたのだろうか。まあもちろん、そんなことは誰にもわかないのだけどね。


 ちなみに2人の遺体発見場所は、井の頭公園を越えたところの新橋という小さな橋のあたりだという。お互いの身体は赤い紐で固く結びばれており、ダザイはとても安らかに眠っているような表情だったが、山崎富栄は苦悶に満ちた表情だったという。もちろん、これが何を意味しているのかも、誰にもわからない。


 禅林寺。6月21日はダザイの告別式が行われた日でもある。さくらんぼを1パック持ってダザイのお墓に行ってみると、多くの花束が奉られ、線香からは品の良い煙が昇っていた。


 禅林寺に関して、ダザイは「ここの墓所は清潔で、鴎外の文章の片影がある。私の汚い骨も、こんな小奇麗な墓所の片隅に埋められたら、死後の救いがあるかもしれない」(『花吹雪』)と言及しており、その意を汲んで、ダザイの墓は森鴎外の墓の前に建てられたという。他の女と共に心中し、残された正妻、美智子夫人のはからいである。


 僕が帰ろうとすると、どこからか文芸部風の女生徒20人くらいが引率の先生と共にきゃぴきゃぴとやってきて、照れくさそうにお墓の前で手を合わせていた。僕がダザイの作品の中でももっとも好きなものが『女生徒』。当然彼女たちには、僕以上に『女生徒』に共感する部分はあるのだろう。誰にも気付かれずに隠し持っている「薔薇の花の刺繍」を見抜かれたような気分でダザイを読んだに違いない。


 その他には、今はもう取り壊されて跡形もない太宰邸跡地や、マント姿の凛々しい写真が撮られた中央線をまたぐ陸橋、仕事場として使われていた中鉢家跡うなぎ若松屋田辺肉店離れ跡、そして太宰横丁を巡ってきた。これらのスポット巡りは、毎月第4日曜日、みたか観光ガイド協会による、無料のガイドツアーでも行っているらしい。朝の9時50分三鷹駅南口デッキ上集合で約2時間半のコース。予約、連絡不要。興味のある方は、是非。


 三鷹は確かに良い街だなと思う。吉祥寺のように「品」がない街ではないし、国分寺ほど「疎」の空気もない。しかし、ダザイの生活の場となり、あれだけ個性的な作品を生み出すような土壌かと言われると、そうとも思えない。もっと庶民的な、平凡で平和な街のように思えるのだ。金木の豪邸を出たダザイが、この武蔵野の地で何を感じてながら生き、そして死んでいったのか……。もっとダザイのことを知りたいと思うようになった。


太宰治文学サロン
 【住所】三鷹市下連雀3-16-14 グランジャルダン三鷹1階
 【電話番号】0422-26-9150
 【入場料】無料
 【開館時間】10:00〜17:30
 【休館日】月曜日(月曜日が休日の場合は開館し、翌日と翌々日を休館)


◆太宰治 文学サロン<財団法人 三鷹市芸術文化振興財団


◆東京都三鷹市 霊泉山 禅林寺 公式ホームページ


※参考
◆太宰治を巡る。(荻窪、船橋、三鷹を歩く)<東京紅團(東京紅団)
◆山崎富栄<斜陽
◆山崎富栄Wikipedia
三鷹 太宰治マップ