アクセルとブレーキと右足と左足の関係


 車を運転していると、ふと思い出すことがあるんだよね。それは、昔の職場で一緒だったドムっとした女の子との会話なんだよ。で、シチュエーションとしては、梱包のためのダンボールをつくっているときの会話だったんだよね。それは幾分リラックスできる時間でもあるんだ。だってダンボールを組み立てて、四方にガムテープを貼っつけるなんて、なんかたいそうなことをやってる割には、工作の楽しみがある仕事だからね。つまり僕らはリラックスしながら、仕事と会話をしていたってことだよ。でも結果的には、僕はイライラしてきて、それを今でも時折思い出すくらいなんだ。


「きのう友達の引越しで車を運転したんですよぉ。久しぶりだったから両足ともとっても疲れちゃったぁ」とドムっとした女。


「久しぶりだと緊張しますからね。マニュアルだったんですか」と僕は言う。


「マニュアルなんて無理ですよぉ。オートマですよぉ」


「じゃあ、左足は使わないんじゃないですか」


「えー、ブレーキ踏むじゃないですかぁ。アクセルとかブレーキとか、こう順番に踏んだからどっちもすごい疲れちゃった」


「……いや、普通、アクセルもブレーキも右足ですよ」と僕はこのあとめんどくさいことになりそうだなと思いながら言う。


「えー、そんなの変ですよぉ。だってアクセル踏んでて、急にブレーキ踏まなきゃのとき、反対の足じゃないと間に合わないじゃないですか」


「……てか、それだとアクセルとブレーキ両方いっぺんに踏んじゃうこともありますよね。危ないですよ」


「えー、片足だけでやる方が危ないですってぇ。間に合わなかったらどうするんですかぁ」と僕を非難するような口調で言ってくる。


「いや、教習所でも習いませんでしたか。アクセルとブレーキは右足。クラッチは左足」


「そんなこと言ってませんよ。だってフツーに考えて。アクセルとブレーキが同じ足っておかしいじゃないですかぁ」


 この一連の会話を30回くらい繰り返したけど、結局は納得してもらえなかったんだよね。そのドムっとした女はアクセルは右足、ブレーキは左足ってことに固執してたってことだよ。てか、僕が間違っているのかなと思ったくらいだったよ。僕だってそのときは、ペラッペラにペーパー・ドライバーだったからね。


 イライラと混乱が一緒に込み上げてきて、そのうち僕もまあどうでもいいやと思って適当なところで話題を変えたんだよね。何必死に正論を教え込もうとしてんだろって、ばかばかしくなったんだよ。そもそもこの人は事故にあったとしても絶対死なないし、たいした怪我もしないようなオチがつく頑丈なタイプの人間だったからね。


 このドムっとした女については、前にも一回書いているので、気になった人はそっちも読んでおくといいと思うよ。


◆姫野カレンと小倉優子<NotFound (2006.01/25)