嗅覚



『オルファクトグラム(上)』井上夢人


 これはね、ニオイが見える人間が主人公になってるんだ。うん、ニオイが見えるんだぜ、この設定にもう君は興味津々になっちゃっただろうね。


 俗に言う五感だけど、嗅覚ってのは、その役割が軽視されてるよね、どう考えても。せっかく顔のど真ん中に鼻が付いてるにも関わらずね。だって、事故や病気なんかで目が見えなくなるとか、耳が聞こえなくなるとなると、そりゃもうトップ・オブ・一大事なわけだけど、ニオイがわからなくなる、というのなら、そんなにダメージなさそうだからね、生きていく上で。まあもちろん味覚なんかが変わってくるんだろうけど、目や耳の機能を失うことを考えると、俄然たいしたことなさそうだよね。また、小説の中でも触れているけど、ニオイというものには、どうしてもマイナス・イメージがつきまとうもので、当然「いいにおい」というものも存在するけど、「なんかニオイがする」と聞けば、たいていの人は、ろくでもないことが起っていることを想像しちゃうもんだしね。


 つまりさ、井上夢人は、この一見どうでもよさそうな立ち位置の嗅覚にフォーカスを合わせて、この物語を描いたわけだよ。もうこの時点で話はおもしろくなるに決まってるよね。もちろん、井上夢人の作品なんで、サスペンス的な要素はあるわけだけど、完全なSFものとして読み応えがあったね。まじ。



『オルファクトグラム(下)』井上夢人