深夜長距離バスの話


 長距離バスってなんとも不思議な空間なんだよね。特に夜行の長距離バスはね。君はそのこと知ってたかな。


 具体的に挙げていくとだね、深夜長距離バスってのは、乗った時点で、鉄のような分厚いカーテンでガッチリと側面の窓が固められているわけさ。旅行の楽しみのひとつに、外の景色を眺めるってのがあると思うけど、そういうのはハナっから否定されてるんだよね。もちろん、深夜だからなんだけどね。


 で、そんなバス車内に、どやどやと人が乗り込んでくるんだけど、たいてい1人の客が多いんだよね。だから、当然無口で不安げなわけさ。そういう人々が続々とやって来て、無愛想に指定の席に腰掛けるんだ。時間も時間だから誰もがテンションも低く、アンニュイで、淀んだ空気が立ち込めるんだ。で、発車前に、運転手は何のためらいもなく、運転席後ろをカーテンでみっちり塞いでしまうわけさ。地獄の出口を閉ざす門番のようにね。そこからは、どんなわずかな光も中に入れまいとする強い意志が感じられるんだよね。そんで、運転手のおっさんの低い声でぼそぼそと喋るアナウンスが流れるんだよ。「本日はご乗車ありがとうございます」とか言ってるけど、まったくそういう気持ちが感じられないんだよね。ゲゲゲの鬼太郎とかに出てくる、人間に化けてる妖怪のような意味深なトーンなんだよ。で、動き出して間もなくすると、車内の照明も消されて、文字通り真っ暗になるんだよね。なかなかスリリングだろ。



 僕は昔、金沢から東京に向かう深夜バスにはじめて乗ったとき、一番後ろの座席で、この不思議な乗り物で運ばれている場面を何故か鮮明に覚えているんだ。どうも眠れずにいたから、カーテンを少しめくれさせて隙間をつくり、外の高速道路の街灯をずっと眺めてたんだ。飴色の街灯が一定間隔で通り過ぎていくのをね。こういう時間ってのは、なかなか詩的で良いと、今となっては思うね。君もさ、一度さ、深夜の長距離バスに乗ってみるといいよ。でね、ポイントは、寝てしまってはいけないってことだね。ずっと起きてて、それも一番後ろの席から全体を、そこに乗っている人々がどのような理由や目的でこのバスに乗っているのか、そういうことを考え巡らせながら、高速道路の街灯を眺めてみるってのをおすすめしたいね。うん。これまじだよ。