矛盾に負けない意志


 ずっと前、仕事である家にお邪魔したんだ。僕が訪ねていったのは、ある8月のとても暑い1日だったんだよね。で、奥さんが「暑かったでしょう」と出してくれた紅茶がとてもおいしかったことを覚えているね。奥さん曰く、普通の紅茶に普通のオレンジジュースを入れて、少し大きめの氷でぎゅっと冷やしただけなんだそうだ。でもこうやって普通同士の掛け合わせでも、まったく上品でおいしい飲み物ができあがるのよ、だってさ。なかなかシャレたもてなしをする家だろ。


 その家はね、夫婦してエコとか地球にやさしいことを心から愛する夫婦だったんだ。だから、家の中にもたくさんの植物を育てていて、カエルを放し飼いしてるのか、カエルが自然と入り込んでくるのか、まあとにかく話をしてたらテーブルにカエルがぴょんと飛びついてくるようなドメスティック・ネイチャーなハウスだったんだよ。また自給自足をモットーとしてるらしく、家庭菜園みたいなこともやってんだけど、家の中でやってんだよね。玄関前とか中庭とかベランダとかじゃなくて、キッチンの横とかだよ。で、キュウリやナスみたいな野菜も、冷蔵庫から取り出すような感覚で、その室内菜園場からもぎって来て調理してるんだって。んで、玄関や駐車場も、コンクリートで固めるのではなく、砂利をひいて、雨水などの水はけがよくなるように考えられて設計したらしいよ。他にもなんか色々こだわってるらしかったけど、細かいところは忘れたよ。



 まあとにかくね、一通り話が終わって用事も済んだところで、駅まで車で送ってもらうことになったわけさ。でね、その日はとても暑い8月のとある1日だったわけだけど、車の中は涼しいわけさ。否、むしろ寒いくらいなわけさ。で、奥さんも「クーラー寒くない?」とか訊いてくるわけさ。まさか、寒いですとは言えないわな。ものの10分も我慢すれば、その車からも降りられるわけだし。でもそれくらい寒かったことは確かだね。ここは南半球かって思うくらいに。で、奥さんは「私たちは2人とも暑がりだからクーラーがないと生きていけないの」とか言うんだよ。で、微妙は沈黙の後に、「まあ、エコだエコだって言ってる割には、矛盾してるかもしれないけどね。こんなにクーラーに頼ってちゃ」とか自分でツッコミ入れてたけどね。


 つまりさ、これだけ多種多様な価値観があって、千差万別な選択肢がある世の中で、まったく矛盾のない首尾一貫したスタンスなんて無理なんだなってことだよ。プラスがあってもどこかでマイナスがあって、少し長い目でみて、さてトータルとしてプラスなのかマイナスなのかって考え方をした方が、気が楽なんだよ。その夫婦に関して言えば、「環境にやさしい家づくりやこだわりを持つ」ことは、エコという目的のため。「クーラーをガンガン使う」ことは、ストレスを溜めないという目的のため。てな感じで、それぞれ別々の目的を持ってるわけだよね。だから、一概にクーラーをかけてるから、おめーらエコじゃねーよ、とは言い切れないと思うんだよね。別の側面で、それ以上のプラスに作用する強い意志があるわけだからね。


 まとめるとだね、目的を持って割り切って行動するってことが大事なわけだよ。他人から見れば「矛盾」とみられたとしても、当人達が納得のいくこだわりがあれば、それは善になるわけだよ。きっとそうだと思うよ。