悔い


 彼は僕のひとつ後ろの席だったんだ。


 それが、石川県だけのルールなのか、その当時だけの制度なのか、はたまたもっと局地的でローカルなものなのか知らないけど、僕の小学校のときの出席順ってのは、生まれ順だったんだよ。つまりさ、4月生まれの生徒の出席番号が若くて、3月生まれの生徒はうしろの方ってわけさ。まあ、実際問題若いのは3月に生まれた人間なんだけどね。で、新学期の最初は出席順に座席が用意されてるわけだから、席が近いってことは誕生日も近いってわけなんだよね。彼と僕は、4日誕生日が違ってたんだ。つまり彼は僕より4日後に生まれたんだよ。僕は彼より4日先に生まれたとも言えるけどね。


 まあとにかくさ、どういうきっかけだったかからきし覚えてないけど、入学式の初日に僕は彼と仲良くなったわけさ。席が前後だったっておかげでね。きっとプリントかなんかを渡すときに話しかけたんだと思うよ、多分だけどね。で、学校が終わって、さっそく彼の家に遊びにいくことになったんだよ。若いのにとてもアクティブだろ。でさ、ともかく彼の家に行って、ファミコンってのものの存在を知るんだよ。ちなみにこれは1984年4月の話だよ。ファミコンは1983年7月に発売されてるから、彼の家はファミコン導入の先駆け的存在だったんだよ。当然僕も真似してファミコン買ってもらったね。そして、もうひとつ。彼はとても絵が上手だったんだ。お互いドラえもんとか好きだっていうから、話が合うんだよね。そういうのもあって、僕らは小学校に入ってから、ずっと一緒に遊んでたんだよ。まさに四六時中ってやつだよ。まあ、こういう言い方もできるね。小学校に入ってできた最初の友達だってね。幼稚な紹介かもしれないけどね。


 でもその後、3年生のときにクラス替えがあって、彼とは別のクラスになってしまって、それからどんどん疎遠になっていったんだ。まあ当時は「疎遠」なんて言葉は知らないけど、割り振られたクラスというグルーピングには、目に見えない大きな壁があったからね。38度線みたいなもんだよ。越えちゃいけないって。


 そんで、そのまま中学に行って、彼と話すこともほとんどなくなっちまったわけさ。で、大学に出てからだと思うけど、彼がどうも引きこもっちゃってるみたいな話を聞いたのを最後に、もうまったく話題に出ることも、思い出すこともなくなちまったんだよね。僕も、その後、いろんな知り合いができて、リアルタイムでの生活をエンジョイしてたからね。


 でさ、今年のいつだったか、もしかしたら去年だったかもしれないけどね、彼が死んだという話を聞いたんだ。



 詳しいことは誰も知らないんだよ。新聞のおくやみ欄で見たってことくらいだけでね。そのせいもあってか、僕は「ふうん」としか思わなかったんだよ。正直、小学校1〜2年生のときから時間が経ち過ぎてるからね。というより、彼が生きていようが死んでしまおうが、僕が今さら彼と会って、ファミコンをしたり一緒に絵を描いて見せ合ったりすることはないわけだからね。家族であったり、親戚であったり、近い知り合いの死とは違い、実感がわかなかったんだよ。薄情な言い方かもしれないけど。


 でもね、よくよく考えると、直の友人と言える人間の死というのははじめてだったんだよ。僕よりずっと年上の人間の死に直面することは増えてきたけど、友人が死ぬってのは妙なもんだな、って少し時間が経つに連れて、違和感を感じるようになったんだよね。それに僕が小学校のときに彼から受けた影響ってのは、けっこう大きいんだよ。ファミコンや絵だけでなくね。だって、今に続く僕という人間の骨格みたいなものは、彼と一緒にいる時間の中で形づくられていたとも言えるわけだからね。小学校の1年、2年の時期ってそういうもんだろ。


 で、そうこうしてるうちにね、彼の誕生日に彼の家に行って、線香でもあげておこうって思ったんだよ。どういうわけか知らないけどね。そう思いついたんだよ。僕は思いつきで行動するタイプなんだよ。


 だから、僕の誕生日の4日後、仕事の昼休みに車を走らせて彼の家に向かったわけさ。何度も何度も行ったはずだけど、探し出すのに少し時間がかかっちまったね。で、彼の家を発見したときも、いまいちピンとこなかったんだよ。「こんなだったっけ?」みたいな。でも表札見たら間違いないから多分そうだろ、くらいなもんだよ。時間ってものは薄情だなと思ったよ。


 で、インターホンを押してみたわけさ。扉を隔てた少し遠くの方で、僕の指先が下した指示を無機質に伝えてる音がしたね。そして僕は待つわけさ。それは、とても暑い日だったんだよ。まあ今年は毎日暑かったけどね。僕はその暑い中で、何回かインターホンを押したけど、僕の身体に汗が沸いて出てくる以外は、何も変化は起こらなかったんだ。つまりは、留守だったんだよ。


 しばらくして、諦めて帰ることにしたんだ。で、会社が終わったあとに、もう1度行こうと思ったけど、結局行かなかったんだよ。彼の家族に対して何て言えばいいのか、とか、家族は僕のことは覚えているのだろうか、とか、家族はもしかしたら引きこもった息子のことは忘れたがってたり隠したがってるんじゃないかとか、そんな余計なことを考えると、もう足が向かないんだよね、そっちの方に。で、気づいたら、もう僕の誕生日から5日が経ってたんだ。


 これが今年の、取り返しのつかない出来事のひとつだね。彼はね、やっぱり僕にとってはとても大きな影響を与えてくれた人間の最初の一人なんだよ。時間が経ってもそれは変わらないし、無視しちゃいけないことのように思えるんだよね。いつかちゃんと挨拶をしないといけないと思ってるんだ。