3セット目のターニング・ポイント


 こないだの春季大会でおもしろい試合があったんだよ。それをC中とD中の試合としとこうか。C中は、これまた3年生が1人という2年生中心のチームだが、シード権を持ってる学校。先生(C先生としよう)と交流があることもあるのだが、僕の好きなチーム・カラーである。一方、D中は、女の先生が中心となってることもあってか、女子バレー部のように元気溌剌としており、活気もあり、何せ部員が多いこともあって、まわりを巻き込む不思議な力を持ってる。まあ、こういう2チームの試合だったんだよ。


 でね、1セット目は接戦の中、D中が取った。何だかC中はもたもたしてた。そもそもC中の2年生は、去年1年生のときに、1年生大会で優勝してることもあってか、うぬぼれてんじゃねーのか、という部分が僕には感じられた。でも、一緒に見てた僕の恩師は「これが2年生チームと3年生チームの底力の違いだよ」と言った。とにかく見るからにD中が優位に思えたんだ。シード校がセットを取られ、雰囲気も俄然D中とあって、番狂わせでも起こるかなと僕は思っていた。2セット目、これまた息詰まる接戦の中、何とかC中が取り返した。シード校の意地みたいなものが見えた。これでセット・カウント1対1で、3セット目にもつれ込むことになる。中学の試合なんて、力の差がわりかしはっきりしてるので、3セットになることはあまりない。だから、結構見ごたえのある試合展開ってわけさ。



 で、3セット目だよ。いきなりD中が、ばばばっと5点くらい先取したんだよ。でね、C先生ってのは、試合中はうんともすんとも言わずにじっと座っているタイプなんだ。まったく関係の無い四次元の世界を見つめてるような表情で、微動だにしないんだよ。昔は何かと怒鳴り散らしていたそうだが、去年からスタイルを変えたそうだ。そんな感じで、3セット目の序盤、D中が先制パンチを浴びせ、流れが圧倒的にD中にある中でも、C先生はじっと座ったままだった。「最終セットのスタートで躓いてしまったのに、これでもタイムアウト取らないのか」と僕は思った。でも、C先生は、頭の中で中間テストの問題でも考えているように、じっと腕を組んだままだったんだ。


 その後、C中はジリジリと詰めより、また接戦になる気配がしてきた。が、そんな中、試合の中盤にD中が点差を広げ、さらに突き放す展開になったんだよ。そこで、D中は選手交代に出た。「ここで畳み掛ける気だな」と僕は思った。と、同時にC中の先生がむっくりと立ち上がり、ヤクザのようなゆったりした足取りで副審判の方に歩み寄っていった。「お、さすがにタイムアウトか」と僕は思った。ところが、C先生はそのまま副審の後ろを通り過ぎ、D中のベンチの手前までやってきて、暇を持て余した猿のように頭の後ろあたりをボリボリと掻きながら突っ立ってるんだよ。「何やってんだ?」と僕は思った。見てる人の大半も同じようなことを思ったはずだ。しばらくして、やっと僕は気づいたんだよ。D中が13点取っていたんだ。



 バレーボールってスポーツは、1セット目が終わるとコート・チェンジするわけさ。つまり、向かって右側にいたチームが左コートに行き、左にいたチームが右に行く。当然それに合わせてベンチも移動するんだ。で、中学の場合は、2セット続けて同じチームが25点取れば試合終了なのだが、3セット目にもつれ込んだ場合は、移動はせずに2セット目と同じコートで3セット目をはじめるんだよ。でね、どちらかのチームが13点取った時点で、再びコート・チェンジするわけさ。つまりC先生は、ルール上の場所移動の為に機械的に席を立ったに過ぎないんだよ。D中はエキサイトし過ぎたため、そのことを把握するまでに時間がかかった。とはいえ、ものの5秒くらいだろうが、それは押せ押せムードのD中の選手を混乱させるには充分な時間だったわけさ。もとより、コート・チェンジなのに選手交代を申し出ているベンチの方が焦っており、的確な指示を出せなかったとも言える。D中は完全にリズムが狂った。試合はC中が逆転勝利を収めた。


 でね、僕が言いたいのは、このことだよ。否、昔かっら言ってるかもしれないけどね、俯瞰しないとダメなんだってことだよ。盲目的になってしまうと立場が弱くなるんだよ。そういう僕も、この試合にはかなり見入っていた。だから家に帰ってしばらくしてから気づいたんだよ。「そういえば、3セット目のコート・チェンジのときに、妙なことがあったな。てか、あれがターニング・ポイントだったかもな」と。力量的には完全にD中だった。そもそもD中はマッチ・ポイントを取られてからも、デュースに持ち込む粘りをみせたくらいだ。だからこそ、13点目以降の失速が痛い結果とも言える。C先生にはとても言えないが、実は僕は試合を見ながらD中を応援していた節がある。それくらい中学生らしい前向きなチームだった。ただ、試合に勝ったのはC中であり、僕には勝つべくして勝ったように見える。さすが、と思った。今度C先生に逢ったら言わずにはおれない、「お見事でした」と。


 熱くなってはいけない。ましてや指揮官がのめり込んではいけない。否、のめり込むのは悪くないかもしれないが、のめり込まれてはいけない。そう思った。全体をコントロールする役割を怠ってしまうことになり兼ねないからね。