テストや試験ってもののプレッシャー


 少し前に社内研修があって、最終日に試験があったわけだけど、出来のほどは思ったほど手応えがなかったんだよね。とはいえ僕は何をするにしてもスタート時はだいたい全体の三分のニあたりってのが定位置だから、まあ相変わらずってところかな。


 でね、試験なんてのは、自動車免許以来かな(このときもまったく手応えはなかった)。で、久しぶりに、このテストってものを受けたことで、2つの発見があったんだ。



 まず1つ目は、自分が興味のある事柄の知識を得ることと、他者から課された分野の知識を勉強することは、まったく性質が違うということ。まあ改めて言うほどのことじゃないけど、身にしみて感じたよ。勉強するにあたってのプレッシャーってものの違いかな。図書館で借りた本を読んで、実践するもしないも本人の気分次第な知識を得ることと、結果が思わしくなかったときに精神的ダメージを受けかねない、格好がつかないというプレッシャーの中で何かを学ぶという行為は異質だってこと。これらは、まったく情報としての噛みごたえが違うんだよね。


 で、もう1つは、「身につけた」と思った情報も、「では、答えてみよ」と言われたとき、案外出てこないってこと。まあ、こんなのは学生時代イヤというほど味わってたことだろうけど、懐かしくも苦々しくも思い出されたよ。だからね、どれだけ日々、ネットや読書で(特にネットだろうが)、世の中の様々な情報を得ていたとしても、事実上は「情報を確認した」というだけなんだよね。「得たつもりの情報」しか頭に入ってないんだ。そう考えるとさ、もうGoogleリーダーに登録しているサイトも精査しようかなと思ったよ。はてなブックマーク人気エントリーのフィードとかね。こんなの眺めてるだけ究極の時間の無駄なんじゃないかと思ったよ。おもしろいエントリーや為になる情報、最先端のトレンドなんかをチェックはできるけど、半日後に覚えてることって皆無に近いんじゃないかな。今回のテストを経て、いかに「これはよいことを知った」と思っても、頭ではさっぱり覚えていないってことを実感したよ。


 まとめるとだね、もう少しテストや試験ってもののプレッシャーを受けておくべきだなと反省できたってことだね。「好きなコトだけ好きに覚えればいい」なんてのは事実上不可能で、「どれだけ自分のモノになっているか定期的に他者にチェックしてもらう必要がある」ってことを学んだかな。