すべてのアスリートのために



 だいぶ昔から、『スローカーブを、もう一球』という、なかなかそそられるタイトルの本があることは知っていた。でも、特にこれといった理由はないが、その本を手に取ることはなかった。しかし、『Number』創刊号に掲載された「江夏の21球」という神ルポがあり、『スローカーブを、もう一球』は、同じ作家が描いたのだということを知って、読んでみた。


 ここには、ノン・フィクションが8本収められている。この中で、「江夏の21球」以外は、アマチュア・スポーツについて描かれたものだ。このキャスティングというか、目の付け所が素晴らしい。


 加藤直樹星稜高校一塁手 ≫ 「八月のカクテル光線」
 津田真男:ボート選手 ≫ 「たった一人のオリンピック」
 黒田真治:巨人軍バッティング投手 ≫ 「背番号94」
 春日井健:ボクシング選手 ≫ 「ザ・シティ・ボクサー」
 坂本聖二:スカッシュ選手 ≫ 「ジムナジウムのスーパーマン
 川端俊介:高崎高校投手 ≫ 「スローカーブを、もう一球」
 高橋卓己:棒高跳び選手 ≫ 「ポール・ヴォルター」


 スポットが当てられたこれら主人公のことを誰も知らないと思う。でもこれが、この作品を素晴らしいと感じさせる所以のひとつである。どんなスポーツ選手にでも、それを物語にするだけのドラマがあるということだ。イチローや松坂に匹敵するの美談や名場面を、野村監督や長嶋終身名誉監督にも劣らない名言や哲学を、アスリートなら誰もが持っているのである。

 《オリンピックに出ることがすべてじゃないんです。走るということ、走り続けるということは、例えば芸術家が何かを創造することと同じなんです。ロマンです。レースはその作品の発表場所ですよ。オリンピック以上の、いい発表場所はいくらでもあります。
(後略)


 これらはすべて1980年前後の話なのだが、スポーツを愛する者、スポーツに酔うことや、スポーツに感動することを至福としている者にとっては、絶対に読んでおきたい一冊だと思う。タフで繊細で、しかし、運に左右される要素も大きい理不尽な一面も持つスポーツというものを、かくも美しく表現したノン・フィクションなんてない。


 1981年、第8回日本ノンフィクション賞受賞作品。しかし、作者、山際淳司氏(本名、犬塚進)は、1995年、胃ガンによる肝不全のため、急逝している。46歳だった。