レジ横の攻防


 昼によく行く定食屋さんがあるんだよ。別になんてことない定食屋さんなんだけど、会社から少し歩くから、誰かとはちあわすこともないし、なんとなくそのまったりした空気が好きで落ち着けるから、ちょくちょく行ってるんだよね。うどん屋さんがやってる食堂みたいな感じで、店内は少しうす暗くて、テレビが置いてあって、雑誌なんかもたくさん置いてあって、老夫婦とその息子でやってるようなとこだよ。まあ息子って行っても、いいおっさんだけどね。


 で、そのお店には壁中いたるところにメニューが貼っつけてあるわけさ。ラーメン+ライス小でいくら、とか、天ぷらうどんいくらとか、そんな具合にね。んで、その中にコロッケ定食ってのもあるんだけど、どう見ても「コロシケ定食」としか読めないんだよね。あげくその横には「トンカシ定食」もあるんだ。最初にこの店に来たときに、そのお品書きを発見して、なんかもう僕はこの店に積極果敢に通おうって思ったんだよね。わかるよね、僕はシュールなものには目がないんだよ。で、3日に1回くらいは来るようになってるんだ。


 でさ、その定食屋さんでは、お手拭きみたいなものは出されないし、テーブルにティッシュみたいなものも置かれてないんだ。だから食事が終わったあと、口元や指なんかを拭こうと思ったら、席を立って、レジの横にちょんと置いてある三角に折られた紙ナプキンを取りに行くことを余儀なくされるわけさな。で、そこでちょっとした問題があるんだよね。まあ、問題ってほどじゃないかもしれないけど、やっかいなことがあるんだ。


 そこのお店のおっさんとかはたいていは厨房の中にいるんだけど、レジのあたりに人影を感じ取るやいなや「あ、はい、ありがとー」とか言うんだよ。つまりさ、誰かが勘定を払いにきたと思って反射的に声を出してるわけだよね。まあ何十年もお店やってりゃそうなるわな。で、僕が言いたいことはわかるよね。つまりさ、僕がご飯を食べて、口元を拭こうと思って紙ナプキンを取り行くと、「あ、はい、ありがとー」って言われるんだよ。絶対にね。僕としてはだね、ご飯を食べた後もできるだけその場でリラックスしてたいわけさ。それに、口のまわりや手がベトベトしたままリラックスなんてできないわけだから、どうしてもレジ横の紙が必要なわけなんだよ。でも金も払わないのに「ありがとー」とか言われた日にゃ、よくわからない罪悪感を感じるんだよね。だって、紙を取ってるのに「ありがとー」だぜ。


 で、今日はちょっと実験をしてみたんだ。レジの近くにはウォーター・サーバーも置いてあるんだ。だからね、まずは水を注ぎに行き、それとなく人の気配を感じさせておいてから、レジ横のナプキンをさっと取るってプロジェクトだよ。これ絶対うまくいくよね。僕は今日、焼肉丼を食べたんだけど、食べ終えた瞬間、このアイデアをひらめいたんだ。頭の横に豆電球が見えたくらだよ、まじ。


 さっそく実行してみたんだ。水をコップに注ごうとすると、厨房の中からチラッと視線を感じたわけさ。もう、これでうまくいったも同然だよね。だってそこには水を注ぎ足しにきた人間がいるわけで、まさかそのまま帰るわけないもんね。でも、すっとレジの方に一歩踏み出すと、おじちゃんが「あ、はい」って言ったんだよね。で、それを聞いて、おばちゃんも「あ、はい」って言ったんだよ。まあ寸止めだったけどね。でも、反応したことには間違いないんだ。つまりさ、どんな状況下であろうと、レジの横に人が来ると「あ、はい、ありがとー」って言っちゃうわけだよね、その人達は。なんとかの犬みたいに。で、あげく、誰かが「あ、はい、ありがとー」と言うと、他の人間はレジ前に人がいようがいまいがそんなこといちいち確認なんかせず、「あ、はい、ありがとー」と声に出してしまうような家族になってしまってるんだよね。


 まあそれもひっくるめてシュールだと思ってるから、今後もアグレッシブに通おうと思ってるんだけどね。


◆この店のこのメニューが好き! junichi13 さんのエントリーはてなハイク